カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の192件の投稿

2018年12月 6日 (木)

サウジアラビアはダンマームに滞在中

『マハーバーラタ』公演のため先月中旬にはパリに、ラ・ヴィレットという元食肉工場だった広い空間に.客席をぐるっと囲む円形舞台を組んで上演をし、現在はサウジアラビアはダーランに移動して、今度はお能のような舞台美術で劇場で公演している最中でございます。

ダーラン、首都・リヤドから東に位置する場所ですが、現地の関係者の皆様の人柄が暖かくて笑顔が素敵で、居心地の良さを感じております、ありがたい。

今回上演している劇場がある建物゛アブドゥル・アジーズ王世界文化センター〝は、TIME誌で「2018年世界で最も素晴らしい場所」に選ばれたところだそうな。
ところが、オープンしてからは運営している石油会社の関係者しか使用できなかったみたいで、一般の方も施設を利用できるようになったのは半年前からとのこと。
上演する劇場も、本格的な公演が行われるのは実質今回が初めてらしい。
そしてこれまでの国の情勢などからなのか、どうやら国民の皆様にはあまり゛観劇〝という概念というか行為がないらしくて、観劇人数も未知数なんだとか。
ただ、サウジアラビアはSNS使用率が世界NO.1とのことで、口コミは広がりやすいことを考えると…、結論、やるしかない!という気合いの元頑張っております。笑

でも、僕たちの公演を観て舞台の面白さを知り、観劇人口が増えるのならばこれほど嬉しいことはないわけで、そしてある意味責任重大なのかもしれません。

が、なにがともあれいつも通りやるのみ!
怪我なくやりとげたいと思います。
サウジアラビアでも、「あまねく平和の訪れに心に悦びあらしめよ!」


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2018年7月 7日 (土)

高野山

一人旅での高野山の話。

一生に一度は行きたいと思っていた場所、念願の地にようやく行けました。
奥之院で空海さんは、今もなお私たちに、この世界に対して祈りを続けています。

鈍行に揺られ極楽橋駅へ行き、そこから高野山駅までケーブルカーに乗り、高野山駅からバスに乗って高野山内に入りました。
それで、最初に現れるのが女人堂と呼ばれる参籠所なのですが、みんなここでバス降りて歩いて散策するのかと思いきや、全然降りないのね!みんないきなりメイン行っちゃうのね!
えっ、みんな降りないの?って感じで、挙動不審になりながら、僕の高野山散策はスタートしました。笑

真言宗総本山・金剛峯寺をはじめ、徳川家霊台、高野山霊宝館、壇上伽藍など空海さんの気配を感じながら、この地で重ねられてきた歴史を感じながら参拝し、自然と精神は癒され、同時に人間とはなんぞや、自分とはなんぞやと疑問を抱きながら巡りました。
個人的にツボだったのが、金剛峯寺のおそらく修行僧や客人を持て成す場であろう台所。
上を見上げると煤で真っ黒、多くの人を持て成しなのだなと、そこに感じる人の温もりがよかったです。

さて、様々巡って最後に行き着くのはもちろん奥之院、いよいよ空海さんとご対面です。
空海さんのいる御廟に向かってまず一の橋を渡り参道を歩きますが、360度に広がるのは、原始林と共存するいくつも墓石(供養塔)・祈念碑・慰霊碑。
この墓石を見るのも楽しみにしていたわけだけど、その数に実に圧倒されるばかり。
様々な形・大きさがあり、有名どころには説明があり、と全てを見て読んでいたらいつまでたっても奥之院に辿り着けないことがわかり。笑
ということで、その中でも見たかった戦国大名(織田信長、豊臣家、徳川家、明智光秀、石田三成、伊達政宗、武田信玄・勝頼、上杉謙信など)の墓石をチェックしてきたわけですが、噂に聞く明智光秀の墓石、重なった石のうちの一つが見事に縦に亀裂が入っていて、それを見た瞬間なんとも切ない気持ちに。
思いの外墓石も小さく、歴史に名を残す大名ではあってもその存在は思いの外ひっそりとしたものでした。
(ちなみに、明智光秀の隣に新門辰五郎の墓石もありました!明智光秀の墓石を探してガイドマップ見てたら偶然見つけて!なんだかんだ身近な存在、新門辰五郎。)
数々墓石あれど。その中でもやはり圧巻だったのは豊臣秀吉。
参道をちょっと入った高台にあったのですが、それまでとは明らかに違う雰囲気、ちょっと聖域化してました。
織田さんも豊臣さんも、一度はこの高野山攻略を考えた人なんですけどね、死ねば皆同じ、か。
織田さんは意外とひっそりしてて逆にビックリ。

参道を歩きながら空海さんへのご挨拶に心身を清め、中の橋を渡りいよいよ御廟橋へ。
御廟橋を渡る前に一礼してから聖域に足を踏み入れます。
ちなみに、ここからは撮影は一切禁止。
目の前に燈籠堂が現れ中に入ると、そこに広がる朱色の燈。
感動しました、僕はここにいるんだなと思いました。
護摩祈祷の祭壇があり、今もその燈は受け継がれ続けている。
空海という人はなんて偉大な人物なのだろう。

お祈りを済ませ、でも実は燈籠堂はまだ序章で、この裏の御廟へ。
目の前には空海さん、祈ってきました。
でもでも、実は本当の目的地はここではなく、僕が一番行きたかったのは燈籠堂の地下。
そう、燈籠堂の地下を行き御廟の方角に向かうと、そこには空海さんの絵と祈る場所があります。
ここが空海さんに一番近付く場所なのです。
御廟の地下に空海さんはいて、丁度この燈籠堂の地下の高さが瞑想している位置と同じ高さなのです。

会えました、空海さんに会えました。
挨拶して少しお話しして、お礼を言ってきました。

別に僕は仏教じゃありません。
何かに祈ることはしないのだけど、でも仏様や神様は好きで、自分の中では心の拠り所として存在しています。
生きていくってやっぱり大変で辛いことの方が多いのだけど、そんな時に祈ることでどこか心のモヤモヤが晴れることがあります。
僕の中できっとこれからも空海さんは生きていくだろうし、拠り所として存在していくのだと思います。
そんな存在に心から感謝し、そしてまたここに来てお礼を言おうと思います。
空海さん、ありがとう。引き続き、よろしくお願いします。

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2018年7月 5日 (木)

太陽の塔

6月末に行ってきた関西・近畿の旅で、念願だった太陽の塔、高野山のことをつらつらと並べてみる。
まずは、太陽の塔の話。
太陽の塔、言わずと知れた、岡本太郎が1970年の大阪万博開催時にメインシンボルとして製作した作品である。
この万博でおそらく一番話題だったのは“月の石”だったと思うのだけど、世界の未来を見据えた展示をどの国も展開する中、唯一と言っていいのではないだろうか、“原点回帰”を唱い、地球の誕生から生命の樹を辿り人間の祖先が誕生するところまでを描いた作品を製作(内部展示)、それが太陽の塔。
塔の外側には、黒い太陽(過去)・正面の太陽の顔(現在)・黄金の顔(未来)があり、常にこの世界を見つめている。

と、ここまではほとんどの人が知っているであろう情報なのだけど、僕が一番惹かれたのはその塔の地底にあった“地底の太陽”である。
そう、太陽の塔には4つの顔があるのである。
当時展示していた地底の太陽は、万博が終わり解体されてから行方不明になってしまったので、今展示されているのは今回の公開に合わせて復元されたものである。
それでもその姿は圧巻で、またここに投影された映像とのコラボレーションがなかなか面白かった。
でも、やはり展示当時に見たかった。
地底の太陽があった空間は「祈り」がテーマで、世界中の民族面や神像が展示されていた。
僕はもちろん写真で見ただけだが、その空間は圧巻で、呪術的な的な雰囲気を漂わせるなんとも魅惑的な空間であった。

地底に輝かしい太陽を据えるとか、岡本太郎のそのセンスに笑えたし感動した。
根元を忘れちゃいけないんだよなー。
日本は高度経済成長はもうとっくに終わったし、列強に対抗しようったってこれ以上大きな成長をすることもないんだから、ならばこれまで築きあげた世界に誇る技術を、センスを磨くことに時間を費やせばいいのに。
やっぱり元は農耕民族なんだから、そのことを踏まえればまだまだ伸ばせることもありそうなんだけどな。
太陽の塔に惹かれる理由は、きっとこんなところです。
現代に警鐘を鳴らす作品を万博で展示する意義、それは、現在を生きている人間としては警鐘を見て見ぬふりをしている現実があり、なんとも切ない気持ちになる。
便利さを求めるのは悪くない、でも、便利過ぎるのは如何なものか。
多少不便でいいじゃない、じゃなきゃ人間物事考えなくなってダメになるよ、未来=人間退化を招いているよ。
人間の悲観的な姿を多分僕は常に持っていて、そんな自分が嫌になる。

追記。
大阪を中心に起きた地震の直後だったので、太陽の塔の予約は取れててもモノレールが動くか、無事に公開されるか心配だったけど、なんとか大丈夫でした。
でも、お隣の民族博物館は多大なダメージがあったらしく、展示物が落下、破損もあったそうな。
民族博物館も行きたかったところなので、こちらはリベンジ予定。
ってか、太陽の塔はまた来ます、必ず。
そうそう、大阪ではcocoroomに泊まりました。
静岡大学で受けたワークショップ100の企画で、講師に来られた詩人・上田假奈代さんが中心となって運営されている民泊ですね。
泊まった部屋は「俳人の部屋」、俳人・秋葉忠太郎さんの俳句を展示した部屋で、壁には書かれた俳句が四方に貼られていて、俳句を読み返して眠りにつく、なんとも面白い体験をしましたね。
そして、夜遅くになって人気がなくなりふとロビーに降りたら、若い男性スタッフが一人飯を食っていて、せっかくなので話しかけてみたら、まあ面白いことに出身が静岡の袋井だなんて言うもんだから、そりゃテンション上がっちゃって!
大阪に来て実家の隣町出身の人と出会うなんて、これぞ旅の醍醐味か。
小一時間くらい話したのだけど、その彼は23歳で、学生の頃は袋井のどまんなかセンターによく出入りしてたとか。
そこでいろんな人に出会っていくつか職を転々とし、現在cocoroomで働いているんだそうな。
でも、またここで良い刺激を受けて、新しいことをやる予定と語ってくれた彼は、なんだか懐かしい匂いがしたのでした。

その彼に、どこか自分と照らし合わせていたのかもしれない。
自分も33歳になって今立っている時間を認識してさてこれからどうするかなと考えるわけで、彼と出会ったのも必然だったのかなと思ったり。
旅は道ずれなんて言うけど、これも多分その一つなのかな。
cocoroom、いいところでした
これから大阪来たらここに泊まります。

さて、次は高野山へ思いを馳せたことを書こうと思いますが、一先ずこの辺で。

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2018年6月14日 (木)

サッカーワールドカップ、開幕!!

さぁ、ロシアvsサウジアラビアでワールドカップが開幕だ!!

と、僕は比較的テンション高いのだけど、周りで同調してくれる人が全然いない。苦笑
日本vsコロンビア戦はパブリックビューイングで応援しちゃうけど、あんまりみんな興味ないのかな?

ふと過去のワールドカップを思い返すと、2002年の日韓W杯は高校生の時で、エコパで行われた準々決勝のイングランドvsブラジル戦を高校のテレビモニターで見て、テンション上がって友達と自転車漕いでエコパまで行ったという。笑

あと2006年ドイツ大会、日本の予選敗退が決まり、最後に中田英寿がフィールドに仰向けで人目も憚らず泣いていた姿、あれには泣いた。

今回の日本、予想は1勝1敗1引き分け。
コロンビアに負け、セネガルに引き分け、ポーランドに勝つと予想。
でも初戦は何が起こるかわからないからね、もしコロンビアに勝ったら予選突破の確率はかなり高し!
ファイト!日本!!

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2018年6月 3日 (日)

廃墟が好き。

廃墟が好きである。
と言いつつ、積極的にその地に訪れて写真撮るってわけではないのだけど。
廃墟にもちょっとしたこだわりがあって、全ての廃墟が好きなわけではなく、こう、人間の息を感じる廃墟が好きだ、例えば軍艦島とか。
息を感じる廃墟を見ると、この地には人間の営みが確かにあった、その温もりを感じると同時に、今後永久にこの地に人間が営みを築くことはないという寂しさを覚える、儚い、それが好き。

廃墟にもいくつか種類があると思っている。
人間が一時的に築き上げた、一時的に快楽や安心の欲求を満たす空間(遊園地・オリンピック等)であったり、自然の資源に寄り添いコミュニティを築いた空間(軍艦島等)、戦争や宗教など目的によって作られた空間など。

廃墟を見て退廃美とかいう人もいるけれど、全てに美があるとは僕は思わない。
廃墟からは、人間というものがどんな存在か、ということが如実に現れると思っていて、特に汚れた部分が現れているのが、オリンピック施設の廃墟。
全てがというわけではないが、この一時的な快楽のために作られた施設は、本来の目的を終えるとまっしぐらに廃墟に向かう。
リオ五輪とか北京五輪とか、つい最近開催された五輪でさえもう廃墟化してる。
オリンピックってなんなのだろう、本当に人間を幸福にしてくれるものなのだろうか。
施設の現状を知っていて目を背ける人間、何を思う。

その瞬間を楽しめればいいのか、なぜその先のことまで考えないのか。
とはいえ一般の人はそれをわかっているんだけどね、一部の欲の塊の人間が自分の名声を高めたいだけなんだけどね。
それも人間なんだろうね。
興味ある方は検索してみるとすぐ出てきます。

と、今静岡パルコでやってる廃墟の写真展見て、以前から、なんで自分は廃墟が好きなんだろう、と思っていた気持ちを少し書き留めてみた。

正直、舞台も廃墟と言えば廃墟なのかもしれない。
一時的に城を築き、千秋楽を迎えれば全て廃棄。
以前から少し罪悪感を感じていたのだけど、でもきっと必要なことなんだと僕は信じてる。

またよく思うのは、演劇は“人間の欲”がなければ成立しないものだと思っている。
戦争、紛争、宗教、名誉、殺人、妬み恨み・・・。
紀元前から何も変わってない、だから演劇はあり続ける、皮肉だよね。
それも括って、きっと僕は演劇が好きなだと思う。

考える、これをやめたら人間は終わる。
きっかけを作る、これが僕の仕事なんだと思う。

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2018年4月22日 (日)

寂しさを抱えながら。

ふとした瞬間に寂しさは訪れる。
一人暮らししていると、急に誰かと話をしたくなる時がある。
仕事などで忙しいことに充実感は感じるけど、それは寂しさを紛らわす一瞬の魔法で、家に帰ればため息が漏れる。
常に安定を求めている、でも安定も慣れればきっと刺激が欲しくなる。
ただいまが言える相手がいるのはいつだって羨ましい。

でも、寂しい時もニコってしようって思う。
自分の活動を応援してくれる方がいる、そういった方たちに少しでも役に立っているのなら、まだまだ頑張ろうと思う。

静岡県文化プログラムに認定されている、「地域部活“音楽×演劇×放送”文化創造部」、体験入部が始まりました。
新中学1年生対象、無料で行う活動で、学校の部活とも掛け持ち可。
今は中学校でも体験入部が行われているので本格的な活動は5月に入ってからだけど、こちらの体験入部には既に20人くらい参加してくれていて、思ったより反応があって嬉しい限り。
演劇やりたい、俳優になりたいって子もいて責任も感じるけど、とにかくこどもたち主体で、”人間”を育んでいけたらと思っております。

こどもっていいな、いろんな子がいて対応に苦労するところもあるけど、それも面白い。
結局学ぶのは自分だったり、まだまだ精進あるのみ。
負けてられない。

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2018年1月 2日 (火)

2018、あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

2017年の年末、穏やかに終わるかと思っていたら最後の最後でどでかい出来事があってちょっと参ってたのですが、B’zのライブ行って1年分の厄を祓って新年を迎えました。笑

昨年出演した舞台は、
●シェイクスピア『冬物語』@静岡芸術劇場
●ふじのくに⇄せかい演劇祭『1940ーリヒャルト・シュトラウスの家ー』@静岡音楽館AOI
●磐田こどもミュージカル『虹のかけ橋』@磐田市民文化会館
●『マハーバーラタ戦記』@歌舞伎座

『冬物語』では、初のスピーカー(宮城聰演出手法の一つ、一人の役の人間をムーバー[動き手]とスピーカー[語り手]に分けて演じる)に挑戦、あと実は個人的に初シェイクスピアでした。

『1940ーリヒャルト・シュトラウスの家ー』では、中川俊郎さんによる「魔王」のピアノ生演奏をBGMにセリフを言うという、なんとも贅沢な体験をしたなと。
台本が面白かったんだな。

こどもミュージカルは2年に一度の公演で、自分はOBでもあることもありゲスト出演をしたわけだけど、2年間って小中高のこどもたちにはすっごい成長する時期で、指導してるこちらも学ばされることが多くて、みんなで共有してる時間は尊いなって毎度思うのです。
こどもたちと演劇を作ることは、今後も大切にしていきたいところです。

そして、なんといっても『マハーバーラタ戦記』でしょう。
まさかの歌舞伎座の舞台に立つという、どんなに俳優やっていてもこれはそう叶うことではないので、非常に貴重な、そして重要な舞台でした。
ミュージシャンとしての参加だったけど、歌舞伎に新しい風を吹かすその内の一人になれたことを誇りに思います。
再演できたらいいな、印度でも公演できたら最高ね。

SPACとしては、大きな出来事と言えばやはり『アンティゴネ』のアヴィニョン演劇祭オープニング上演でしょう。
60年以上歴史ある演劇祭においてアジアの劇団がオープニングを飾るのは初の快挙ですからね、非常に栄誉あることです。
自分は出演してなかったけど、所属してる劇団に誇りを持てるって本当に嬉しいしありがたいことです。

これ以外にも、アウトリーチで静岡県内の様々な場所に伺い、様々な方たちとお会いしましたが、普段お客様である皆様と直接お話させて頂くと、演劇の役割というものの可能性はまだまだあるなと思うしその必要性を感じてます。
そう、弘前劇場の長谷川孝治さんとお話できたことも大きくて(柴先生に感謝)、地域でどう演劇活動を行っていくかということは長谷川さんのお話が非常に参考になりました。
今後も、地域に根付いた演劇を中心に活動していきたいと思います。演劇万歳。

年明けは、まず8(月・祝)に静岡市の七間町通り・リアンで上演される『セブン エレファンツ ブリング ハピネス』公演の舞台監督やります。
舞台監督なんて、8年ぶりくらい。
市民の皆様が、七間町を舞台にした作品に息吹を注いでますよ!
13時過ぎから七間町通りで何かが始まります、無料なので是非!

そして、また別の企画でこどもたちと演劇をやる現場に入ることになりました。
演劇で地元・掛川とも繋がりが持てたので個人的には非常に大きいことで、こちらも丁寧に活動して行きたいと思います。

2018年もどうぞよろしくお願いお願い致します。

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2017年12月 8日 (金)

今年も僅か。

気が付けば12月も一週間が過ぎて、2017年も残り3週間となりました。
気候の暖かい静岡も、さすがに厚手のアウターが必須、着込んで外出しています。

日々、やらなきゃいけないことをこなし、同時にやりたいこと、やってみたいことを悶々と考える日々。
頭でっかちになりやすい僕、もっとフットワーク軽くいきたいのだけど、だれかケツを叩いてください。笑

この時期は冬期スポーツの時期、サッカーや野球のリーグ戦が終わりなんだか、個人的にはなんだかつまらない。
静岡で雪が降らないせいか、冬期スポーツにはあまり縁がなくてちょっとピンとこなくて。
スキーの時ジャンプは好きなんだけどね、あんな高いところから飛び出したらどんな気分なんだろうって想像する。
いや、絶対怖いのだけど。笑

寒い時期になっていいなと思うのは、ファッションの楽しみの幅が増えること。
夏はどうしても半袖シャツにパンツスタイルとなるけど、冬になるともうちっとアレンジが効く。
それでも、最近はあまり服を買わない様にしていて、小物や靴を買ってアレンジに変化を加えてる。
お金ないし専らユ〇〇ロにお世話になってるのだけど、低予算コーディネートには自信がありますよ!笑

楽しいことがいつも続けばいいなって思う。
でも、楽しいことが毎日続くと、人間は不思議なもので飽きてしまう。
人生、どうしたって苦悩が先行する、その中にかすかな光明があることを信じて、毎日を過ごしているのだと思う。
そんな苦悩も楽しめたらサイコーだよね、それには仲間が必要なんだけどね。

そういえば、ここ何年か忘年会っぽいことしてない。
人と会って話したい、結局それが一番仕合せ。

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2017年8月22日 (火)

こどもたちの季節

夏はこどもたちが主役の季節。
夏休みを利用してこどもたちと舞台作品を作り上演する、SPACでは毎年、シアタースクールとスパカンファン・プロジェクト。
今年も両公演が無事に終わったのだけど、自分も3年前にシアタースクールの指導者の一人として関わり、関わるということは当然の如く思い入れがすっごいあって、例えば3年前は中学生だった子がその後も毎年参加してくれて、今年は高校生になって他のこどもたちを引っ張ってくれる存在になったのを見ると、これがなかなか感動してしまう。
また、OB・OGも来てくれて、聞くとみんな高3で受験ですって子がいれば大学生になって髪の色変わってたり、なにより参加した時から顔つきが変わっていて、成長した姿を見てこれまた感動してしまう始末。
完全に親の心境である。笑

こどもは凄い、一緒に演劇やってると楽しくてしょうがない。
今日シアタースクールやスパカンファンのこどもたちから刺激や元気をもらったところで、僕は今週末に控える磐田こどもミュージカルの本番に備えたいと思います。

こちらのこどもたちも、元気いっぱいに歌って踊って演じてます。
同じこどもでもまた一味違うこどもたちが集まって、この夏がんばって稽古していよいよ公演を迎えます。
8/27(日)16時〜は、磐田市民文化会館にどうぞお越しくださいませ。

http://iwatakodomo.hamazo.tv/

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2017年7月26日 (水)

長谷川孝治氏との3日間。

先週の21(金)~23(日)にかけて常葉大学連携授業の企画で、青森から、弘前劇場の立ち上げメンバーであり現在青森県立美術館の総監督をされている、劇作家・演出家の長谷川孝治氏をお招きしてのワークショップ・シンポジウム・井川での講座会が開催され、自分は今回その企画のアドバイザー的なポジション、また井川ではトークゲストの形で関わらせて頂いた。
その中で、少し長谷川氏の印象を書きたいと思う。

長谷川氏はSPACができる20年も前から、青森の地で演劇を中心とした、地域に密着した芸術活動を行ってきた方である。
大学時代は哲学を専攻され、また長年にわたり高校の教師もされていたということもあるのだろうか、とにかく博学であること、なにより今回話してみて一番の印象は、経営者であるということ。
なんだか誰かに似ているなと考えたとき、紛れもない、SPAC芸術監督・宮城聰であった。
「主宰・芸術監督=経営者」であり、この方程式は地域でやっている以上重要なファクターである。
結局のところ、行政どの様な関係性の中で、県またその地の芸術文化を展開させていくか、これを無くして地域アートは成立せず、加えてアーティストをどの様な位置づけをし関わっていくか、という問題に対してはまだまだ今後の課題であるのだが、それでも行政がアーティストのバックアップを考えてくれているだけでもなんだかありがたいというのが正直な気持ちだが、もしかしたらこれも地域だからこそなのかもしれない。

青森、言わずもがな本州の最北端の県である。
人口は130万人、静岡で言うと静岡市と浜松市を足した数よりも約10万人少ない。
日照時間は静岡より短く、冬の寒気・雪に覆われた土地、それは人間にとって過酷な環境である。
静岡は温暖な気候からか人間性は柔らかい印象であるに対して、長谷川氏や、今回企画した青森出身の常葉大学の先生(お二人が同郷というところから企画が始まった)から受けた青森の人間性は、どこか心の中には劣等感が常にありながら強い芯を持っている、という印象である。

住む環境によって人間性は異なる、ということは、その地で作られるアートも異なってくる。

長谷川氏は、「静かな演劇」の旗手と言われている。
「静かな演劇」というと平田オリザ氏が有名だが、長谷川氏も最初は唐十郎の影響で演劇を始めていて、静かな演劇からは程遠いところからスタートしている。
しかしその長年の創作過程の中で、地域に住む田舎の人間の日常から湧き出るほんの少しの水こそ劇的である、ということから、劇作・演出スタイルが「静かな演劇」と呼ばれる方向へとなった。
しかし、実は「静かな演劇」とは真逆の作品も多く作っていて、それは言葉の暴力性を存分に表に出した作風であり、両極端のスタイルをもった珍しい劇作家であるということは認識して頂きたい。

青森の文化予算は、静岡に比べたら桁が違う程少なく、やりくりはかなり苦労しているらしい。
とはいえ、限られた予算の中で何ができるか、目的が果たせるか。
文化活動をしていく中で、「継続」ということほど難しく、またそれが最重要であるということを今回の三日間で多く口にされていた。
40年の青森という地でのアート活動を行ってきたこそ言える、深みのある身に染みる言葉である。
この3日間、俳優としても地域でアート活動している人間としても、実のある充実した時間であった。

ありがたいことに、静岡はアートに対する関心は高い。
この環境を大切に、これからも静岡のアート活動を盛り上げていきたい。

最後に、青森県立美術館はシャガールのバックヤード「アレコ」(アメリカン・バレエ・シアターの以来で制作したバレエ「アレコ」の舞台背景画)を4枚のうち3枚所有している。
残りの1枚を所有しているアメリカのフェラデルフィア美術館が、この度改装工事を行うため、孝治が終わるまでの期間、アレコの残りの1枚を青森県立美術館で保管することとなり、期間限定で「アレコ」が4枚揃った状態になっている。
実に貴重なこの時期に、是非青森県立美術館に出向くことをお勧めする。

http://www.aomori-museum.jp/ja/


追記
30(日)15時から、静岡芸術劇場2階のカフェ・シンデレラで、私進行で「リーディング・カフェ」を行います!
参加者とコーヒー片手に戯曲を声に出して読んでみるものです。
今回は、モリエール「病は気から」やります。
皆様のご参加、お待ちしてます!!
http://spac.or.jp/news/?cat=30

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