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2017年5月

2017年5月22日 (月)

舞台俳優⇔バイト生活、日々その繰り返し。

僕はアンティゴネへの出演が無いので、出演メンバーの稽古を応援すると共に最近は専らバイト生活をしているのだけど、バイトをすることによって、所謂普通の「社会」という場と触れ合うことになる。
形成する人間は、店長、社員、パートの奥様方、大学生、他に自分の目標に向かっている者、全体的に18歳〜50代くらいの方たちだろうか、様々な人間がいるのだけど、学生は専ら就活やテスト・課題の心配をし、パートの奥様方はこどもや今日の晩ご飯の心配をし、店長と社員は店舗の売り上げ・売り場作りに毎日明け暮れている。
お店のシフトが休みの日は何をしているのかと聞くと、こどもと遊ぶ・出掛ける、休みの日も店舗のこと考えている、普段と変わらず学校行ったり課題をやったりする。

一番特殊なのは僕なのかもしれない。
本職は舞台俳優、空いた時間にアルバイトに入る。
有り難いことに、バイト先はシフトに入れる時に入ってくれればいいよと言ってくれているので今はそれに甘えているのだけど、でははたして自分はどこまでこの生活を続けていくのだろうかと、毎日の様に考えてしまう。
東京で活動していた時よりは生活は安定したのだけど、それでもいつまでも“アルバイト”というポジションを抱えてこの先も活動していくわけにはいかない。
いや、別にそれでもいいのかもしれないけど、結局自分が納得いかない。
地域で演劇をやる、そのスタイルは必ずあるはずで目下模索中ではあるのだけど、まぁピンチはチャンスなんだろうね、何か新しいことに挑戦しなければならない、そんな状況です。

自分への戒めも兼ねて書いてるのだけど、どこかで常に“普通”の生活に憧れていて、常に自分は何やってるんだろうと悲嘆して、すっかり物事をポジティブに捉える人間になったのだけど、心の中でのどこか寂しい気持ちは消えることは無い。
悩みは一生尽きないだろうけど、結局今目の前にあることを一生懸命やるしか無いこともわかっていて、でもそこから小石を川に投げてみないと水面の波は広がらないわけで。

まだまだがんばらなきゃいかないな、僕は一人では何もできないんだなって、このバイト生活に戻る度に思うのです。
演劇にできることって何だろう、可能性は無限大にあるはず。
演劇ベースに、何かとのコラボ考えて、面白いこと、どなたかやりませんか?
と、さりげなく仕事募集です。笑

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2017年5月13日 (土)

演劇祭、終わりました!

演劇祭が終わって早6日。
改めて、ふじのくに⇄せかい演劇祭にお越しくださった皆様、ご連絡くださった皆様、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

今年は演劇祭の前半で自分の舞台が終わったので、後半はもう客になって演劇祭自体を楽しんでいたわけだけど、この演劇祭の盛り上がり、数年前と比べても凄い盛り上がりをみせているよ。
年々来客数が増えている気がする。
全国と、世界と、名実ともにダイレクトに繋がる演劇祭になっていて、そういった演劇祭の中心にいられることが貴重であり本当にありがたいな、と。
静岡に、演劇界の著名な方が集まり、県内外の演劇仲間、知人・友人も集まり、忙しくしているであろう普段の生活から少し距離を置き、ゆったり流れる時間に身を委ね演劇祭を楽しんでいる、そんな様子が見えたりするのは本当に嬉しいこと。

ストレンジシードも昨年から更にパワーアップしていたな。
普段舞台鑑賞をしない人でも道を歩いているだけですっごいパフォーマンスや演劇・マイムやダンスを見ることができる。
それはアヴィニョン演劇祭の“OFF”みたいな感じなんだけど、どのカンパニーもクオリティが半端無くて、「これを無料で!?」という自分の心の声が続出。
個人的にオススメの団体はやっぱり「開幕ペナントレース」かなぁ、発想が面白過ぎる、堪能しました!
あぁ、来年のストレンジシードも楽しみだな。
年に一度のビックイベントが終わり、これからまた来年の演劇祭を楽しみに1年間がんばっていきたいと思います。

さて、昨日は一足早く母の日として家族で食事。
そして週末は、静岡ホビーショウに行こうかと。
毎年この時期に開催されるわけなのだけど、年に一度のタミヤ本社無料見学ができる機会でもあり、これもまた毎年の楽しみなビックイベントなわけです。静岡サイコー。
久々にミニ四駆やりたいなぁ。

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2017年5月 4日 (木)

『1940』公演、終了しました。

ちょっと遅くなりましたが、『1940ーリヒャルト・シュトラウスの家ー』は無事に終演致しました。
お越しくださった皆様、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

今回たった1回きりの公演、1回しかやらないのはもったいないと、お越しくださった皆様からご好評いただきました。
いや、ホントもったいないですよね、僕ももっとやりたかった。
今回、芝居と芝居の間に曲や歌が入り、或はその逆然り、互いに補完し合う関係は新しい舞台を生み出した様な気がします。
それは商品としてパッケージ化できる、生産性のある舞台でもあり、今後このモデルは使えるのではないかと。

R・シュトラウス、ナチス政権のドイツ国内にいた巨匠は、実に冷静で大胆で、その芸術第一主義のあり方には感服するところです。
ただでさえ肩身狭く生きているアーティストは、何かしらの反骨精神を持っていて、それは人なのか政治なのか、はたまた時代なのか、しかし常に自分がどこに立っているのか適材適所を見定め、そしてそこでどう活動するかを考えなければならなくて。
シュトラウスはあえてナチスと近い距離に自分を置き、そして自分の立場を確保し、自分と自分の家族の命を守れる状況を作った上で、自らの創作活動に励んだことを考えると、この人物は実に計略家であり肝の座っている様に思う。

では日本はというと、お家柄の人の良さで他国や他人の意見に流され、小田原評定を繰り返している間に大島浩の独断行動を許し、結果三国同盟締結、そしてあっという間の敗戦を迎える。
そもそも、陸軍・海軍・外務省と外国とのやり取りが三者三様であった時点で敗戦は見え隠れしていた様なもので、それを知って思ったことは、結果皮肉であったなと。
とか言ったけど、結局今も然程根本的な状況は解決されていない様に思えて、なんだか悲しいのです。

「ワーグナーからヒトラーが生まれ、そしてR・シュトラウスが生まれた」
もしワーグナーが存在しなかったら、ヒトラーも存在しなければR・シュトラウスも存在しなかったかもしれない。
偉大な光には偉大な影あり、いや、それも全ては時代の作用だったのかもしれません。
R・シュトラウス、あなたは人生が幸せだったのか、本人に質問してみたいところです。

しかし今回、声楽の方・ミュージシャンの方はどの方も凄かったのだけど、個人的にはピアノの中川俊郎さんがMVPですね。
何を偉そうにと思われるかもしれないけど、この方の素のキャラに対してなんて繊細な、そして豪快なピアノを弾くんだ、と。
出身見たら桐朋大学の作曲家だったので、「僕は桐朋短大の演劇科でしたー」って話しかけたらすっごいリアクションでビックリされて喜んでくれて、逆にビックリしたっていう。
その驚き方といったら形容しがたく・・・とにかく、中川さん、跳ねてました。笑

さて、演劇祭も気付いたら後半戦に突入!
いよいよ『アンティゴネ ー時を超える送り火ー』が登場しますよ!
お見逃し無く。

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