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2013年11月22日 (金)

死を笑う。

日々公演をしているのに、こんなに実感がないのは初めてかもしれない。
作品の内容を見てみれば特に波はなく大地が広がっていて、僕はそこに足を着いて歩いてる感じ。
走る事も飛び跳ねる事も止まる事もせずひたすら歩く、だからその日の公演が終わっても終わった実感が無い。
『わが町』の日常生活は現実の日常生活の延長線上にあり、また現実の日常生活の延長線上に『わが町』があるような気がする。

淡々とやる、これが今回の作品『わが町』の重要な要素ではないだろうか。
日常というものは淡々と過ぎていく、一つ一つの愛しさなどはその時に感じるものではなくいつだってそれらが過去となった時。
こどもを見ると、なんて全力で生きてるんだと感心する。
それは、一つ一つのことが愛おしいことを実は知ってるからではないだろうか。

なんだってそう、無くしてから気付くというもの。

人間は愚かだ、作品の中でもそんな様なニアンスの言葉が多く存在する。
しかし、愚かでなければ人間ではない。
幸福があれば不幸がある、永遠不滅なものを取り損なってる存在だからこそ日々を送る。
生きた人間は不完全だからこそ完全になろうともがき苦しみ、ある時その中にある一つの幸せを掴むことができると信じてるからこそ生きる希望を持てる。
そして長く生きた人は、自分という存在を全うし完全というものを手に入れ、やがて死を迎え入れる。
寿命で死ぬ、これがどれだけ凄い事か。

死んだ人はどうなるのでしょうか。
『わが町』の様に何者でもない唯一無二の存在に、長い時間をかけてなっていくのでしょうか。
生きてる人間は、身近の死んだ人間のことは絶対忘れない。
ということは、生きた人間の中には常に死んだ人間が存在する。
となると、死んだ人間は生きているという事になるのではないだろうか。
自分の中に、自分は知らない先祖から今に至る人まで息づいている。
死者は永遠の命を得たという事になるだろうか。
だからこそ生きる、自分の中に息づく人のためにも。

昨日テレビで、ルーマニアのとある村の墓地のことが語られていた。
「世界一“陽気な墓”」、ここでは“死を笑う”のだそうだ。
僕は素敵だと思う。
今をひたすら生きて、僕もいつか死を笑ってもらえるようになりたい。

世界一“陽気な墓”に訪れた方のHPを見つけました、面白いですよ↓
http://kajipon.sakura.ne.jp/haka/youki.html

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